国宝「金沢文庫」を閲覧すると、鎌倉時代後期、執権である北条氏の一門である金沢氏が鎌倉幕府崩壊するまでの約70年間四代に亘り当地方を支配していた。金沢文庫古文書N0、5249によると、嘉元3年(1305)金沢称名寺の瀬戸橋造営費用の6割を新方氏(当寺の開基の名前)が負担している。また、同古文書N0、5355によると、嘉暦元年(1326)に下総国新方検地帳が作成されている。越谷市史跡に指定されている当寺の円墳(詳細は寺宝を参照)より板碑15枚が出土、その1枚に嘉暦元年(1326)の年号が彫られてある。また、当寺所蔵の仏像、仏画(寺宝参照)に鎌倉期の物が多いことも、北条氏、金沢氏との関係が推察される。そして、当寺を開山した賢眞上人は嘉慶元年(1387)に没している。以上の事柄を考察すると、鎌倉時代後期には当寺が創建されていたと思われる。

 戦国時代には新方領六ケ村と末寺五ケ寺を領有する兼武の寺で慶安元年(1648)徳川三代将軍家光より高十二石の御朱印(朱印状九通)を賜り、港区芝の増上寺の直末となり、徳川家歴代将軍の尊牌を護っている。

 明治10年(1877)2月22日火災により本堂、書院、庫裡、鐘楼堂全焼し、本尊阿弥陀如来像は一丈六尺で重くて搬出できず消失したが、現存の寺宝は難を逃れた。

 昭和49年境内に学校法人清浄院幼稚園設立。広い園地で将来を担う子供達の元気な声がこだましている。

 平成8年11月4日、全檀信徒の皆様の御尽力により本堂、客殿、山門の改築と境内整備完了し、盛大に落慶式が円成された。

高十二石の御朱印(朱印状九通)
本尊阿弥陀如来像

* 詳しくはMさきたま出版会よりさきたま文庫シリ−ズN056「清浄院」が各書店で¥600で販売されております。